2005-1-27 18:28
第四夜
広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、その周囲に小さい床几が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅には四角な膳を前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。
爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ生やしているから年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧から手桶に水を汲んで来た神さんが、前垂で手を拭きながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張った煮〆を呑み込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
「御爺さんの家はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
「臍の奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込んだまま、
「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」と云った。
「真直かい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子を通り越して柳の下を抜けて、河原の方へ真直に行った。
爺さんが表へ出た。自分も後から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪がぶら下がっている。肩から四角な箱を腋の下へ釣るしている。浅黄の股引を穿いて、浅黄の袖無しを着ている。足袋だけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。
爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭を出した。それを肝心綯のように細長く綯った。そうして地面の真中に置いた。それから手拭の周囲に、大きな丸い輪を描いた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮で製らえた飴屋の笛を出した。
「今にその手拭が蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返して云った。
子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。
「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。
爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋を爪立てるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。
やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮んで、ぽっと放り込んだ。
「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでも追いて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、
「今になる、蛇になる、
きっとなる、笛が鳴る、」
と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めは膝くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水に浸って見えなくなる。それでも爺さんは
「深くなる、夜になる、
真直になる」
と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。
自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。
廣闊的水泥地中央,擱置著一個類似納涼用的長凳,四周並排著幾個小折凳。長凳黑得發亮。一隅有個老爹坐在四方形的膳台前,自斟自飲。下酒菜好像是紅燒魚肉。
老爹酒酣耳熱,臉上已泛起紅暈。而且他的臉光滑細膩,看不出有一絲皺紋。只是那一大把銀白鬍鬚,透露出他是個上了年紀的老爹而已。我雖只是個孩子,卻對老爹的年紀萌生興趣。這時,在後屋自水管引水進提桶的大娘走了過來,在圍裙上邊擦手邊問老爹:
「阿伯您幾歲了?」
老爹吞下含在嘴裡的酒菜,裝模作樣地說:
「我也忘了。」
大娘把擦乾的手夾在細長的腰帶中,立在一旁仔細觀看老爹的臉。老爹用飯碗大的容器大口大口地乾酒,然後從銀白的長鬚間呼出一口長長的大氣。大娘再問:
「阿伯您住在哪裡?」
老爹停止呼氣,回說:
「肚臍裡頭。」
大娘依舊將手夾在腰帶中,繼續問:
「您是要到哪裡去呢?」
老爹又用那個飯碗般的容器喝下一碗熱酒,再像方才那樣呼出一口大氣,才回說:
「去那邊。」
「直走嗎?」大娘再問時,老爹呼出的氣息,已越過紙窗穿過柳樹下,一直線飛到河灘邊。
老爹走到外頭。我也緊跟其後。老爹腰下繫著一個小葫蘆。肩上掛著一個四方形盒子垂在腋下。穿著一件淺黃的窄長褲與淺黃的無袖背心。布襪是黃色的。看上去像是獸皮做的。
老爹筆直走到柳樹下。柳樹下有三、四個孩子在。老爹邊笑邊從腰間取出一條淺黃手巾。再將手巾捻成一條細繩,放在地面中央。然後在手巾四周畫了個大圓圈。最後從腋下的盒子拿出一個糖果店吹的那種黃銅哨子。
「看好喔!這條手巾會變成一條蛇,看好喔!」老爹反覆說著。
孩子們目不轉睛地盯著手巾看。我也在一旁盯看著。
「看好喔!看好喔!好了嗎?」老爹邊說邊吹起哨子,又在圓圈上來回轉著。我一直盯看著手巾,可是手巾卻紋風不動。
老爹一直在嗶嗶地吹著哨子。也在圓圈上轉了好幾圈。他墊起草鞋鞋尖、躡手躡腳地、回避著手巾似地不停繞圈子。看起來有點可怕,又很有趣。
然後老爹停住吹哨子。再打開垂掛在肩上的盒子,抓住手巾一角,迅速地拋進盒裡。
「這樣放進盒子裡,手巾會變成蛇。等一下再給你們看!等一下再給你們看!」老爹邊說邊邁開腳步。
他穿過柳樹,筆直走下小徑。老爹邊走邊說著:「等一下會變」、「手巾會變蛇」,最後竟唱起歌來。
「等一下會變,手巾變成蛇 一定會變,哨子會響」
老爹唱著唱著,終於走到河灘。河灘沒有橋也沒有船,我以為他可能會在此地休息,再給我們看盒子裡的蛇。可是他竟然嘩啦嘩啦地走入河裡。起初水深及膝,然後逐漸淹過腰部,最後胸部也浸在水中。可是老爹仍在唱著:
「變深了,夜晚了 變成一條直直的路」
老爹依舊往前走去。然後,鬍子、臉、頭、頭巾都消失了。
我以為老爹渡河到對岸上時,會給我們看盒子裡的蛇,所以一直站在沙沙作響的蘆草叢中等候著。一個人孤單地一直等候著。可是,老爹卻始終沒有上岸。
広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、その周囲に小さい床几が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅には四角な膳を前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。
爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ生やしているから年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧から手桶に水を汲んで来た神さんが、前垂で手を拭きながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張った煮〆を呑み込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
「御爺さんの家はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
「臍の奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込んだまま、
「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」と云った。
「真直かい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子を通り越して柳の下を抜けて、河原の方へ真直に行った。
爺さんが表へ出た。自分も後から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪がぶら下がっている。肩から四角な箱を腋の下へ釣るしている。浅黄の股引を穿いて、浅黄の袖無しを着ている。足袋だけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。
爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭を出した。それを肝心綯のように細長く綯った。そうして地面の真中に置いた。それから手拭の周囲に、大きな丸い輪を描いた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮で製らえた飴屋の笛を出した。
「今にその手拭が蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返して云った。
子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。
「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。
爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋を爪立てるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。
やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮んで、ぽっと放り込んだ。
「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでも追いて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、
「今になる、蛇になる、
きっとなる、笛が鳴る、」
と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めは膝くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水に浸って見えなくなる。それでも爺さんは
「深くなる、夜になる、
真直になる」
と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。
自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。
廣闊的水泥地中央,擱置著一個類似納涼用的長凳,四周並排著幾個小折凳。長凳黑得發亮。一隅有個老爹坐在四方形的膳台前,自斟自飲。下酒菜好像是紅燒魚肉。
老爹酒酣耳熱,臉上已泛起紅暈。而且他的臉光滑細膩,看不出有一絲皺紋。只是那一大把銀白鬍鬚,透露出他是個上了年紀的老爹而已。我雖只是個孩子,卻對老爹的年紀萌生興趣。這時,在後屋自水管引水進提桶的大娘走了過來,在圍裙上邊擦手邊問老爹:
「阿伯您幾歲了?」
老爹吞下含在嘴裡的酒菜,裝模作樣地說:
「我也忘了。」
大娘把擦乾的手夾在細長的腰帶中,立在一旁仔細觀看老爹的臉。老爹用飯碗大的容器大口大口地乾酒,然後從銀白的長鬚間呼出一口長長的大氣。大娘再問:
「阿伯您住在哪裡?」
老爹停止呼氣,回說:
「肚臍裡頭。」
大娘依舊將手夾在腰帶中,繼續問:
「您是要到哪裡去呢?」
老爹又用那個飯碗般的容器喝下一碗熱酒,再像方才那樣呼出一口大氣,才回說:
「去那邊。」
「直走嗎?」大娘再問時,老爹呼出的氣息,已越過紙窗穿過柳樹下,一直線飛到河灘邊。
老爹走到外頭。我也緊跟其後。老爹腰下繫著一個小葫蘆。肩上掛著一個四方形盒子垂在腋下。穿著一件淺黃的窄長褲與淺黃的無袖背心。布襪是黃色的。看上去像是獸皮做的。
老爹筆直走到柳樹下。柳樹下有三、四個孩子在。老爹邊笑邊從腰間取出一條淺黃手巾。再將手巾捻成一條細繩,放在地面中央。然後在手巾四周畫了個大圓圈。最後從腋下的盒子拿出一個糖果店吹的那種黃銅哨子。
「看好喔!這條手巾會變成一條蛇,看好喔!」老爹反覆說著。
孩子們目不轉睛地盯著手巾看。我也在一旁盯看著。
「看好喔!看好喔!好了嗎?」老爹邊說邊吹起哨子,又在圓圈上來回轉著。我一直盯看著手巾,可是手巾卻紋風不動。
老爹一直在嗶嗶地吹著哨子。也在圓圈上轉了好幾圈。他墊起草鞋鞋尖、躡手躡腳地、回避著手巾似地不停繞圈子。看起來有點可怕,又很有趣。
然後老爹停住吹哨子。再打開垂掛在肩上的盒子,抓住手巾一角,迅速地拋進盒裡。
「這樣放進盒子裡,手巾會變成蛇。等一下再給你們看!等一下再給你們看!」老爹邊說邊邁開腳步。
他穿過柳樹,筆直走下小徑。老爹邊走邊說著:「等一下會變」、「手巾會變蛇」,最後竟唱起歌來。
「等一下會變,手巾變成蛇 一定會變,哨子會響」
老爹唱著唱著,終於走到河灘。河灘沒有橋也沒有船,我以為他可能會在此地休息,再給我們看盒子裡的蛇。可是他竟然嘩啦嘩啦地走入河裡。起初水深及膝,然後逐漸淹過腰部,最後胸部也浸在水中。可是老爹仍在唱著:
「變深了,夜晚了 變成一條直直的路」
老爹依舊往前走去。然後,鬍子、臉、頭、頭巾都消失了。
我以為老爹渡河到對岸上時,會給我們看盒子裡的蛇,所以一直站在沙沙作響的蘆草叢中等候著。一個人孤單地一直等候著。可是,老爹卻始終沒有上岸。
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。
待て、而して希望せよ。
待て、而して希望せよ。