2005-1-27 18:32
第八夜
床屋の敷居を跨いだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、一度にいらっしゃいと云った。
真中に立って見廻すと、四角な部屋である。窓が二方に開いて、残る二方に鏡が懸っている。鏡の数を勘定したら六つあった。
自分はその一つの前へ来て腰をおろした。すると御尻がぶくりと云った。よほど坐り心地が好くできた椅子である。鏡には自分の顔が立派に映った。顔の後には窓が見えた。それから帳場格子が斜に見えた。格子の中には人がいなかった。窓の外を通る往来の人の腰から上がよく見えた。
庄太郎が女を連れて通る。庄太郎はいつの間にかパナマの帽子を買って被っている。女もいつの間に拵らえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。
豆腐屋が喇叭を吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、頬ぺたが蜂に螫されたように膨れていた。膨れたまんまで通り越したものだから、気がかりでたまらない。生涯蜂に螫されているように思う。
芸者が出た。まだ御化粧をしていない。島田の根が緩んで、何だか頭に締りがない。顔も寝ぼけている。色沢が気の毒なほど悪い。それで御辞儀をして、どうも何とかですと云ったが、相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。
すると白い着物を着た大きな男が、自分の後ろへ来て、鋏と櫛を持って自分の頭を眺め出した。自分は薄い髭を捩って、どうだろう物になるだろうかと尋ねた。白い男は、何にも云わずに、手に持った琥珀色の櫛で軽く自分の頭を叩いた。
「さあ、頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。
鏡に映る影を一つ残らず見るつもりで眼を睁っていたが、鋏の鳴るたんびに黒い毛が飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉じた。すると白い男が、こう云った。
「旦那は表の金魚売を御覧なすったか」
自分は見ないと云った。白い男はそれぎりで、しきりと鋏を鳴らしていた。すると突然大きな声で危険と云ったものがある。はっと眼を開けると、白い男の袖の下に自転車の輪が見えた。人力の梶棒が見えた。と思うと、白い男が両手で自分の頭を押えてうんと横へ向けた。自転車と人力車はまるで見えなくなった。鋏の音がちゃきちゃきする。
やがて、白い男は自分の横へ廻って、耳の所を刈り始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。粟餅や、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、そこでする。小さい杵をわざと臼へあてて、拍子を取って餅を搗いている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。
自分はあるたけの視力で鏡の角を覗き込むようにして見た。すると帳場格子のうちに、いつの間にか一人の女が坐っている。色の浅黒い眉毛の濃い大柄な女で、髪を銀杏返しに結って、黒繻子の半襟のかかった素袷で、立膝のまま、札の勘定をしている。札は十円札らしい。女は長い睫を伏せて薄い唇を結んで一生懸命に、札の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。しかも札の数はどこまで行っても尽きる様子がない。膝の上に乗っているのはたかだか百枚ぐらいだが、その百枚がいつまで勘定しても百枚である。
自分は茫然としてこの女の顔と十円札を見つめていた。すると耳の元で白い男が大きな声で「洗いましょう」と云った。ちょうどうまい折だから、椅子から立ち上がるや否や、帳場格子の方をふり返って見た。けれども格子のうちには女も札も何にも見えなかった。
代を払って表へ出ると、門口の左側に、小判なりの桶が五つばかり並べてあって、その中に赤い金魚や、斑入の金魚や、痩せた金魚や、肥った金魚がたくさん入れてあった。そうして金魚売がその後にいた。金魚売は自分の前に並べた金魚を見つめたまま、頬杖を突いて、じっとしている。騒がしい往来の活動にはほとんど心を留めていない。自分はしばらく立ってこの金魚売を眺めていた。けれども自分が眺めている間、金魚売はちっとも動かなかった。
跨進理髮店門檻時,三、四個穿著白色制服的員工異口同聲地喊著歡迎光臨。
我站在理髮店中央環顧四周,這是一間四方形的房間。兩邊有窗,另兩邊掛著鏡子。數了數,共有六面鏡子。
我坐到其中一面鏡子前,剛坐下椅子就發出噗嗤聲。看來這是張挺舒服的椅子。鏡子清晰地映照出我的臉。鏡中的臉後,可見窗戶,也可見斜後方的櫃台。櫃台裡沒有人。倒是窗外來來往往的行人的上半身,看得很清楚。
我看到庄太郎帶著一個女人走過。他戴著一頂不知何時買回的巴拿馬草帽。那女人也不知何時釣上的。兩人看上去一臉春風得意的樣子。本想再仔細瞧瞧女人長得什麼模樣,可惜兩人已走遠了。
再來是豆腐小販吹著喇叭經過。他把喇叭含在嘴裡,因此雙頰像被蜜蜂螯過似地鼓得腫腫的。正因為鼓著雙頰經過,害我老掛在心上,總覺得他這輩子一直像被蜜蜂螯到一樣。
有個藝蔽出來了。臉上還沒上妝。本梳成島田髻的髮型也鬆落了,看起來懶懶散散的樣子。不但睡眼惺忪,臉色也非常蒼白。我向她點了個頭,道了幾句寒喧話,可惜對方老是不出現在鏡中。
然後有個穿著白色制服的高大男子,來到我身後,他手持梳子剪刀,仔細地端詳著我的腦袋。我捻著下巴上的薄鬚,問他:怎樣?能不能剪成個樣子?
白衣男子,不發一言,只用手中的琥珀色梳子輕輕敲著我的頭。
「頭呢?能不能理成個樣子?」我再問白衣男子。
白衣男子依然不回話,喀嚓喀嚓地開始動剪。
我睜大著雙眼,本不想遺漏任何鏡中的鏡頭的,可是剪刀每一響,就會有黑髮落在眼前,擔心黑髮掉進眼裡,只得閉上眼。豈知白衣男子竟在這時開口:
「先生,你看到外面那賣金魚的嗎?」
我回說,沒瞧見。他也就沒再開口,繼續操作著剪刀。突然我聽到有人在大喊危險。趕忙睜開雙眼。只見白衣男子的衣袖下出現一個腳踏車輪子。也看到人力車的車把。才剛看到,白衣男子即雙手抓住我的頭,把我的頭扭向別處。腳踏車及人力車都消失了。耳邊又響起剪刀的喀嚓喀嚓聲。
不久,白衣男子繞到我旁邊,開始剃起耳朵旁的頭髮。頭髮不再在眼前亂舞,我安心地睜開眼。外面傳來粟糕啊、糕啊、糕啊的叫賣聲。賣糕的特意將小杵擊在臼上,配合著叫賣聲拍子在搗糕。我因為只在兒時曾看過賣粟糕的,所以很想再看一眼,可是賣糕小販卻不肯出現在鏡中。我只聽得見搗糕聲。
我將全部視力集中在鏡角。發現櫃台內不知何時坐了一個女子。膚色微黑,濃眉大眼,身材高大,頭上梳了個銀杏髮,穿著一件黑緞白領有襯裡的和服,半蹲半坐地正在數鈔票。好像是十元鈔票。女子垂下長長的睫毛,抿著雙唇,專心數著鈔票,而且數得很快。可是那疊鈔票竟像是永遠都數不完似的。膝上那疊鈔票,看上去至少有百張以上,一百張鈔票再怎麼數應該也還是一百張才對。
我茫然地盯視著女子與十元鈔票。突然耳畔響起白衣男子大聲的吆喝:「洗頭吧!」這正是個好機會,於是我從椅子上站起來,順便回頭看了一下櫃台。豈知櫃台內不但沒有女子的身姿,也沒有十元鈔票。
付了錢,走出店外,我看到門口左側並排著五個橢圓形木桶,裡面有許多紅色的金魚、有斑紋的金魚、瘦骨嶙峋的金魚、肥金魚。金魚販站在木桶後方。他托著腮,目不轉睛地望著眼前的金魚,完全不為四周的喧嘩景物所動。我看了一會兒金魚販。可是在我盯看著他的當兒,他依舊紋風不動。
床屋の敷居を跨いだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、一度にいらっしゃいと云った。
真中に立って見廻すと、四角な部屋である。窓が二方に開いて、残る二方に鏡が懸っている。鏡の数を勘定したら六つあった。
自分はその一つの前へ来て腰をおろした。すると御尻がぶくりと云った。よほど坐り心地が好くできた椅子である。鏡には自分の顔が立派に映った。顔の後には窓が見えた。それから帳場格子が斜に見えた。格子の中には人がいなかった。窓の外を通る往来の人の腰から上がよく見えた。
庄太郎が女を連れて通る。庄太郎はいつの間にかパナマの帽子を買って被っている。女もいつの間に拵らえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。
豆腐屋が喇叭を吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、頬ぺたが蜂に螫されたように膨れていた。膨れたまんまで通り越したものだから、気がかりでたまらない。生涯蜂に螫されているように思う。
芸者が出た。まだ御化粧をしていない。島田の根が緩んで、何だか頭に締りがない。顔も寝ぼけている。色沢が気の毒なほど悪い。それで御辞儀をして、どうも何とかですと云ったが、相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。
すると白い着物を着た大きな男が、自分の後ろへ来て、鋏と櫛を持って自分の頭を眺め出した。自分は薄い髭を捩って、どうだろう物になるだろうかと尋ねた。白い男は、何にも云わずに、手に持った琥珀色の櫛で軽く自分の頭を叩いた。
「さあ、頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。
鏡に映る影を一つ残らず見るつもりで眼を睁っていたが、鋏の鳴るたんびに黒い毛が飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉じた。すると白い男が、こう云った。
「旦那は表の金魚売を御覧なすったか」
自分は見ないと云った。白い男はそれぎりで、しきりと鋏を鳴らしていた。すると突然大きな声で危険と云ったものがある。はっと眼を開けると、白い男の袖の下に自転車の輪が見えた。人力の梶棒が見えた。と思うと、白い男が両手で自分の頭を押えてうんと横へ向けた。自転車と人力車はまるで見えなくなった。鋏の音がちゃきちゃきする。
やがて、白い男は自分の横へ廻って、耳の所を刈り始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。粟餅や、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、そこでする。小さい杵をわざと臼へあてて、拍子を取って餅を搗いている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。
自分はあるたけの視力で鏡の角を覗き込むようにして見た。すると帳場格子のうちに、いつの間にか一人の女が坐っている。色の浅黒い眉毛の濃い大柄な女で、髪を銀杏返しに結って、黒繻子の半襟のかかった素袷で、立膝のまま、札の勘定をしている。札は十円札らしい。女は長い睫を伏せて薄い唇を結んで一生懸命に、札の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。しかも札の数はどこまで行っても尽きる様子がない。膝の上に乗っているのはたかだか百枚ぐらいだが、その百枚がいつまで勘定しても百枚である。
自分は茫然としてこの女の顔と十円札を見つめていた。すると耳の元で白い男が大きな声で「洗いましょう」と云った。ちょうどうまい折だから、椅子から立ち上がるや否や、帳場格子の方をふり返って見た。けれども格子のうちには女も札も何にも見えなかった。
代を払って表へ出ると、門口の左側に、小判なりの桶が五つばかり並べてあって、その中に赤い金魚や、斑入の金魚や、痩せた金魚や、肥った金魚がたくさん入れてあった。そうして金魚売がその後にいた。金魚売は自分の前に並べた金魚を見つめたまま、頬杖を突いて、じっとしている。騒がしい往来の活動にはほとんど心を留めていない。自分はしばらく立ってこの金魚売を眺めていた。けれども自分が眺めている間、金魚売はちっとも動かなかった。
跨進理髮店門檻時,三、四個穿著白色制服的員工異口同聲地喊著歡迎光臨。
我站在理髮店中央環顧四周,這是一間四方形的房間。兩邊有窗,另兩邊掛著鏡子。數了數,共有六面鏡子。
我坐到其中一面鏡子前,剛坐下椅子就發出噗嗤聲。看來這是張挺舒服的椅子。鏡子清晰地映照出我的臉。鏡中的臉後,可見窗戶,也可見斜後方的櫃台。櫃台裡沒有人。倒是窗外來來往往的行人的上半身,看得很清楚。
我看到庄太郎帶著一個女人走過。他戴著一頂不知何時買回的巴拿馬草帽。那女人也不知何時釣上的。兩人看上去一臉春風得意的樣子。本想再仔細瞧瞧女人長得什麼模樣,可惜兩人已走遠了。
再來是豆腐小販吹著喇叭經過。他把喇叭含在嘴裡,因此雙頰像被蜜蜂螯過似地鼓得腫腫的。正因為鼓著雙頰經過,害我老掛在心上,總覺得他這輩子一直像被蜜蜂螯到一樣。
有個藝蔽出來了。臉上還沒上妝。本梳成島田髻的髮型也鬆落了,看起來懶懶散散的樣子。不但睡眼惺忪,臉色也非常蒼白。我向她點了個頭,道了幾句寒喧話,可惜對方老是不出現在鏡中。
然後有個穿著白色制服的高大男子,來到我身後,他手持梳子剪刀,仔細地端詳著我的腦袋。我捻著下巴上的薄鬚,問他:怎樣?能不能剪成個樣子?
白衣男子,不發一言,只用手中的琥珀色梳子輕輕敲著我的頭。
「頭呢?能不能理成個樣子?」我再問白衣男子。
白衣男子依然不回話,喀嚓喀嚓地開始動剪。
我睜大著雙眼,本不想遺漏任何鏡中的鏡頭的,可是剪刀每一響,就會有黑髮落在眼前,擔心黑髮掉進眼裡,只得閉上眼。豈知白衣男子竟在這時開口:
「先生,你看到外面那賣金魚的嗎?」
我回說,沒瞧見。他也就沒再開口,繼續操作著剪刀。突然我聽到有人在大喊危險。趕忙睜開雙眼。只見白衣男子的衣袖下出現一個腳踏車輪子。也看到人力車的車把。才剛看到,白衣男子即雙手抓住我的頭,把我的頭扭向別處。腳踏車及人力車都消失了。耳邊又響起剪刀的喀嚓喀嚓聲。
不久,白衣男子繞到我旁邊,開始剃起耳朵旁的頭髮。頭髮不再在眼前亂舞,我安心地睜開眼。外面傳來粟糕啊、糕啊、糕啊的叫賣聲。賣糕的特意將小杵擊在臼上,配合著叫賣聲拍子在搗糕。我因為只在兒時曾看過賣粟糕的,所以很想再看一眼,可是賣糕小販卻不肯出現在鏡中。我只聽得見搗糕聲。
我將全部視力集中在鏡角。發現櫃台內不知何時坐了一個女子。膚色微黑,濃眉大眼,身材高大,頭上梳了個銀杏髮,穿著一件黑緞白領有襯裡的和服,半蹲半坐地正在數鈔票。好像是十元鈔票。女子垂下長長的睫毛,抿著雙唇,專心數著鈔票,而且數得很快。可是那疊鈔票竟像是永遠都數不完似的。膝上那疊鈔票,看上去至少有百張以上,一百張鈔票再怎麼數應該也還是一百張才對。
我茫然地盯視著女子與十元鈔票。突然耳畔響起白衣男子大聲的吆喝:「洗頭吧!」這正是個好機會,於是我從椅子上站起來,順便回頭看了一下櫃台。豈知櫃台內不但沒有女子的身姿,也沒有十元鈔票。
付了錢,走出店外,我看到門口左側並排著五個橢圓形木桶,裡面有許多紅色的金魚、有斑紋的金魚、瘦骨嶙峋的金魚、肥金魚。金魚販站在木桶後方。他托著腮,目不轉睛地望著眼前的金魚,完全不為四周的喧嘩景物所動。我看了一會兒金魚販。可是在我盯看著他的當兒,他依舊紋風不動。
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。
待て、而して希望せよ。
待て、而して希望せよ。