2005-1-27 18:35
第十夜
庄太郎が女に攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床に就いていると云って健さんが知らせに来た。
庄太郎は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。パナマの帽子を被って、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて、往来の女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれと云うほどの特色もない。
あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子にはいろいろある。水蜜桃や、林檎や、枇杷や、バナナを綺麗に籠に盛って、すぐ見舞物に持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗だと云っている。商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。
この色がいいと云って、夏蜜柑などを品評する事もある。けれども、かつて銭を出して水菓子を買った事がない。ただでは無論食わない。色ばかり賞めている。
ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。そこで大事なパナマの帽子を脱って丁寧に挨拶をしたら、女は籠詰の一番大きいのを指して、これを下さいと云うんで、庄太郎はすぐその籠を取って渡した。すると女はそれをちょっと提げて見て、大変重い事と云った。
庄太郎は元来閑人の上に、すこぶる気作な男だから、ではお宅まで持って参りましょうと云って、女といっしょに水菓子屋を出た。それぎり帰って来なかった。
いかな庄太郎でも、あんまり呑気過ぎる。只事じゃ無かろうと云って、親類や友達が騒ぎ出していると、七日目の晩になって、ふらりと帰って来た。そこで大勢寄ってたかって、庄さんどこへ行っていたんだいと聞くと、庄太郎は電車へ乗って山へ行ったんだと答えた。
何でもよほど長い電車に違いない。庄太郎の云うところによると、電車を下りるとすぐと原へ出たそうである。非常に広い原で、どこを見廻しても青い草ばかり生えていた。女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁の天辺へ出た。その時女が庄太郎に、ここから飛び込んで御覧なさいと云った。底を覗いて見ると、切岸は見えるが底は見えない。庄太郎はまたパナマの帽子を脱いで再三辞退した。すると女が、もし思い切って飛び込まなければ、豚に舐められますが好うござんすかと聞いた。庄太郎は豚と雲右衛門が大嫌だった。けれども命には易えられないと思って、やっぱり飛び込むのを見合せていた。ところへ豚が一匹鼻を鳴らして来た。庄太郎は仕方なしに、持っていた細い檳榔樹の洋杖で、豚の鼻頭を打った。豚はぐうと云いながら、ころりと引っ繰り返って、絶壁の下へ落ちて行った。庄太郎はほっと一と息接いでいるとまた一匹の豚が大きな鼻を庄太郎に擦りつけに来た。庄太郎はやむをえずまた洋杖を振り上げた。豚はぐうと鳴いてまた真逆様に穴の底へ転げ込んだ。するとまた一匹あらわれた。この時庄太郎はふと気がついて、向うを見ると、遥の青草原の尽きる辺から幾万匹か数え切れぬ豚が、群をなして一直線に、この絶壁の上に立っている庄太郎を目懸けて鼻を鳴らしてくる。庄太郎は心から恐縮した。けれども仕方がないから、近寄ってくけ梧の鼻頭を、一つ一つ丁寧に檳榔樹の洋杖で打っていた。不思議な事に洋杖が鼻へ触りさえすれば豚はころりと谷の底へ落ちて行く。覗いて見ると底の見えない絶壁を、逆さになった豚が行列して落ちて行く。自分がこのくらい多くの豚を谷へ落したかと思うと、庄太郎は我ながら怖くなった。けれども豚は続々くる。黒雲に足が生えて、青草を踏み分けるような勢いで無尽蔵に鼻を鳴らしてくる。
庄太郎は必死の勇をふるって、豚の鼻頭を七日六晩叩いた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻のように弱って、しまいに豚に舐められてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。
健さんは、庄太郎の話をここまでして、だからあんまり女を見るのは善くないよと云った。自分ももっともだと思った。けれども健さんは庄太郎のパナマの帽子が貰いたいと云っていた。
庄太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう。
阿健告訴我,庄太郎被女人迷走後,於第七天晚上突然回來了,一回來就發高燒,臥病不起。
庄太郎是鎮內長得最俊的男子,而且善良老實。只是有個癖好。黃昏時,他喜歡戴著巴拿馬草帽坐在鮮果店前,眺望著路上的行人女子。然後頻頻讚嘆那些女子。除此以外,其他也沒什麼特點。
若行人女子不多,他就看水果。店裡有各色各樣的水果,水蜜桃、蘋果、枇杷、香蕉等,都被整齊地裝在籃內,而且排成兩列,可讓買主買了後提著籃子去探病。庄太郎看著這些籃子,老是稱讚說好看。又說,將來若要開店一定只開水果店。說歸說,他卻成天老戴著草帽四處遊盪。
他有時也會稱說這個橘子色澤好之類的話,但是從未花錢買過水果。要給他白吃,他絕對不吃。只是稱贊色澤。
某天傍晚,一個女子出其不意地來到店頭。衣著華麗,想必是有身分地位的人。庄太郎非常中意她身上衣服的顏色。而且,對女子的容貌也心動不已。於是他脫下草帽恭謹地打了招呼。女子指著最大一籃水果說要買下,庄太郎立刻提起來給她。女子接過後提了一提,說太重了。
庄太郎本就無所事事,人又爽朗,便回說我幫妳送到府上,然後和女子一起離開店頭。那以後,就沒再回來過。
不管庄太郎人再爽朗,這未免太不像話了。正當親朋好友議論紛紛說這事非比尋常時,第七天晚上,庄太郎突然回來了。於是大夥兒聚集在他家,追問他這幾天到底去哪兒了,庄太郎竟回說搭電車到山上去了。
那一定是很長一段旅途。根據庄太郎描述,他下了電車後發現來到一片草原。那草原非常遼闊,眼底下盡是青草。他跟女子走在草原上,走著走著來到峭壁頂上,這時女子對庄太郎說,你從這裡跳下去看看。庄太郎往下一瞧,雖可見峭壁岩石,但深不見底。庄太郎這時又脫下草帽,恭謹地辭退了女子的建議。女子又說,如果不願意跳,你會被豬舔,好嗎?
庄太郎最討厭豬和雲右衛門(譯注:浪曲師)。可是性命畢竟是寶貴的,他仍舊選擇不跳。豈知竟真的出現了一頭哼哼直叫的豬。庄太郎不得已只好用手上那支檳榔樹枝製成的細長柺杖,往豬鼻頭打下。豬哀鳴了一聲,翻滾了幾下,掉落到絕壁下。
庄太郎鬆了一口氣,不料又有一頭豬用牠那大鼻子蹭過來。庄太郎不得不又揮舞著柺杖。豬又哀叫著四腳朝天滾落到谷底。然後又一頭豬出現了。這時庄太郎才驚覺到遙遙對面草原盡頭,有數以萬計的豬群排成一直線,以立在懸崖上的庄太郎為目標,正在聳動著鼻子。
庄太郎打心底驚慌起來。可是沒有其他法子,只好用檳榔樹柺杖小心謹慎地一頭一頭驅打挨近來的豬群。不可思議的是,柺杖只要稍稍碰到豬鼻,豬隻就會滾落谷底。往下看看,只見四腳朝天的豬群排成一列掉進不見谷底的深淵。
庄太郎想到原來自己已推落了這麼多頭豬至谷底,不由得更覺恐懼。可是豬群仍接二連三挨近來。像是一大片烏雲長了腳,萬馬奔騰般蹚開草叢鳴著無窮盡的鼻子直飛過來。
庄太郎拼命奮勇地打豬鼻,整整打了七天六夜。最後終於體力不支,手足像蒟蒻般軟弱無力,結果被豬舔了,然後倒躺在峭壁上。
阿健只說到這裡,又加一句:所以最好不要隨便看女人。
我也認為阿健說的很有道理。又想起,阿健曾說過想跟庄太郎要那頂巴拿馬草帽。
我想,庄太郎可能會回天乏術。帽子大概是阿健的吧!
庄太郎が女に攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床に就いていると云って健さんが知らせに来た。
庄太郎は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。パナマの帽子を被って、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて、往来の女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれと云うほどの特色もない。
あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子にはいろいろある。水蜜桃や、林檎や、枇杷や、バナナを綺麗に籠に盛って、すぐ見舞物に持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗だと云っている。商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。
この色がいいと云って、夏蜜柑などを品評する事もある。けれども、かつて銭を出して水菓子を買った事がない。ただでは無論食わない。色ばかり賞めている。
ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。そこで大事なパナマの帽子を脱って丁寧に挨拶をしたら、女は籠詰の一番大きいのを指して、これを下さいと云うんで、庄太郎はすぐその籠を取って渡した。すると女はそれをちょっと提げて見て、大変重い事と云った。
庄太郎は元来閑人の上に、すこぶる気作な男だから、ではお宅まで持って参りましょうと云って、女といっしょに水菓子屋を出た。それぎり帰って来なかった。
いかな庄太郎でも、あんまり呑気過ぎる。只事じゃ無かろうと云って、親類や友達が騒ぎ出していると、七日目の晩になって、ふらりと帰って来た。そこで大勢寄ってたかって、庄さんどこへ行っていたんだいと聞くと、庄太郎は電車へ乗って山へ行ったんだと答えた。
何でもよほど長い電車に違いない。庄太郎の云うところによると、電車を下りるとすぐと原へ出たそうである。非常に広い原で、どこを見廻しても青い草ばかり生えていた。女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁の天辺へ出た。その時女が庄太郎に、ここから飛び込んで御覧なさいと云った。底を覗いて見ると、切岸は見えるが底は見えない。庄太郎はまたパナマの帽子を脱いで再三辞退した。すると女が、もし思い切って飛び込まなければ、豚に舐められますが好うござんすかと聞いた。庄太郎は豚と雲右衛門が大嫌だった。けれども命には易えられないと思って、やっぱり飛び込むのを見合せていた。ところへ豚が一匹鼻を鳴らして来た。庄太郎は仕方なしに、持っていた細い檳榔樹の洋杖で、豚の鼻頭を打った。豚はぐうと云いながら、ころりと引っ繰り返って、絶壁の下へ落ちて行った。庄太郎はほっと一と息接いでいるとまた一匹の豚が大きな鼻を庄太郎に擦りつけに来た。庄太郎はやむをえずまた洋杖を振り上げた。豚はぐうと鳴いてまた真逆様に穴の底へ転げ込んだ。するとまた一匹あらわれた。この時庄太郎はふと気がついて、向うを見ると、遥の青草原の尽きる辺から幾万匹か数え切れぬ豚が、群をなして一直線に、この絶壁の上に立っている庄太郎を目懸けて鼻を鳴らしてくる。庄太郎は心から恐縮した。けれども仕方がないから、近寄ってくけ梧の鼻頭を、一つ一つ丁寧に檳榔樹の洋杖で打っていた。不思議な事に洋杖が鼻へ触りさえすれば豚はころりと谷の底へ落ちて行く。覗いて見ると底の見えない絶壁を、逆さになった豚が行列して落ちて行く。自分がこのくらい多くの豚を谷へ落したかと思うと、庄太郎は我ながら怖くなった。けれども豚は続々くる。黒雲に足が生えて、青草を踏み分けるような勢いで無尽蔵に鼻を鳴らしてくる。
庄太郎は必死の勇をふるって、豚の鼻頭を七日六晩叩いた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻のように弱って、しまいに豚に舐められてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。
健さんは、庄太郎の話をここまでして、だからあんまり女を見るのは善くないよと云った。自分ももっともだと思った。けれども健さんは庄太郎のパナマの帽子が貰いたいと云っていた。
庄太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう。
阿健告訴我,庄太郎被女人迷走後,於第七天晚上突然回來了,一回來就發高燒,臥病不起。
庄太郎是鎮內長得最俊的男子,而且善良老實。只是有個癖好。黃昏時,他喜歡戴著巴拿馬草帽坐在鮮果店前,眺望著路上的行人女子。然後頻頻讚嘆那些女子。除此以外,其他也沒什麼特點。
若行人女子不多,他就看水果。店裡有各色各樣的水果,水蜜桃、蘋果、枇杷、香蕉等,都被整齊地裝在籃內,而且排成兩列,可讓買主買了後提著籃子去探病。庄太郎看著這些籃子,老是稱讚說好看。又說,將來若要開店一定只開水果店。說歸說,他卻成天老戴著草帽四處遊盪。
他有時也會稱說這個橘子色澤好之類的話,但是從未花錢買過水果。要給他白吃,他絕對不吃。只是稱贊色澤。
某天傍晚,一個女子出其不意地來到店頭。衣著華麗,想必是有身分地位的人。庄太郎非常中意她身上衣服的顏色。而且,對女子的容貌也心動不已。於是他脫下草帽恭謹地打了招呼。女子指著最大一籃水果說要買下,庄太郎立刻提起來給她。女子接過後提了一提,說太重了。
庄太郎本就無所事事,人又爽朗,便回說我幫妳送到府上,然後和女子一起離開店頭。那以後,就沒再回來過。
不管庄太郎人再爽朗,這未免太不像話了。正當親朋好友議論紛紛說這事非比尋常時,第七天晚上,庄太郎突然回來了。於是大夥兒聚集在他家,追問他這幾天到底去哪兒了,庄太郎竟回說搭電車到山上去了。
那一定是很長一段旅途。根據庄太郎描述,他下了電車後發現來到一片草原。那草原非常遼闊,眼底下盡是青草。他跟女子走在草原上,走著走著來到峭壁頂上,這時女子對庄太郎說,你從這裡跳下去看看。庄太郎往下一瞧,雖可見峭壁岩石,但深不見底。庄太郎這時又脫下草帽,恭謹地辭退了女子的建議。女子又說,如果不願意跳,你會被豬舔,好嗎?
庄太郎最討厭豬和雲右衛門(譯注:浪曲師)。可是性命畢竟是寶貴的,他仍舊選擇不跳。豈知竟真的出現了一頭哼哼直叫的豬。庄太郎不得已只好用手上那支檳榔樹枝製成的細長柺杖,往豬鼻頭打下。豬哀鳴了一聲,翻滾了幾下,掉落到絕壁下。
庄太郎鬆了一口氣,不料又有一頭豬用牠那大鼻子蹭過來。庄太郎不得不又揮舞著柺杖。豬又哀叫著四腳朝天滾落到谷底。然後又一頭豬出現了。這時庄太郎才驚覺到遙遙對面草原盡頭,有數以萬計的豬群排成一直線,以立在懸崖上的庄太郎為目標,正在聳動著鼻子。
庄太郎打心底驚慌起來。可是沒有其他法子,只好用檳榔樹柺杖小心謹慎地一頭一頭驅打挨近來的豬群。不可思議的是,柺杖只要稍稍碰到豬鼻,豬隻就會滾落谷底。往下看看,只見四腳朝天的豬群排成一列掉進不見谷底的深淵。
庄太郎想到原來自己已推落了這麼多頭豬至谷底,不由得更覺恐懼。可是豬群仍接二連三挨近來。像是一大片烏雲長了腳,萬馬奔騰般蹚開草叢鳴著無窮盡的鼻子直飛過來。
庄太郎拼命奮勇地打豬鼻,整整打了七天六夜。最後終於體力不支,手足像蒟蒻般軟弱無力,結果被豬舔了,然後倒躺在峭壁上。
阿健只說到這裡,又加一句:所以最好不要隨便看女人。
我也認為阿健說的很有道理。又想起,阿健曾說過想跟庄太郎要那頂巴拿馬草帽。
我想,庄太郎可能會回天乏術。帽子大概是阿健的吧!
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。
待て、而して希望せよ。
待て、而して希望せよ。